コラム
・社史
〜半世紀を振り返って〜
− 完 −

社史〜半世紀を振り返って〜
第3節「基礎を固める」
宮脇吉春、空知建設業協会の理事に就任

昭和41年、宮脇吉春が空知建設業協会の理事に就任した。

入会したのが昭和34年だったから、7年目にしての理事就任だった。

就業規則の整備を行う

昭和41年、就業規則を大幅に改訂している。

この改訂によって、それまで明確でなかった会社と従業員との権利・義務関係が明文化された。また、社員の報奨制度が盛り込まれており、当時の前向きな取り組み状況が伺える。

志羅山繁、入社する

昭和41年、志羅山繁が入社した。

志羅山繁は岩手県の生まれで、奥州平泉の藤原三代の菩提寺である毛越寺において代々寺守を務めてきた家系の出身である。岩手県立一ノ関第二高等学校土木科を卒業し、昭和33年から北海道開発局室蘭開発建設部に勤務していたが、当時、常務取締役だった宮脇敬の要請に応じて入社した。

その後、一貫して技術畑を歩み、技術部長、副社長を経て昭和62年社長に就任している。グループ全体や空知建設業協会など、いわば社外を主体に活動を展開していた宮脇敬を支えて、成長期から成熟期にかけての宮脇建設を纏め上げた功績は大きい。

志羅山 繁

志羅山 繁
新社章決定

昭和43年に現在の社章が社員の公募で決められた。社章は記録によると

  1. 外形は北海道を図案し、また和を意味する
  2. 左右の形は、開発に必要な工具ツルハシの金具
  3. 中心の図形は、宮脇産業のM
  4. 全体として、北海道の建設に貢献し、信用と和を伸ばし力強く発展することを表現
  5. バッチの材質は金と銅

とある。ちなみに、それ以前の社章は横菱の中にローマ字のMの字が入ったものであった。

新社屋と入社式

昭和43年に着工した新社屋は、翌年の12月24日に第1期分が完成している。その後昭和48年の第2期分の完成をみて、現在沼田町にある社屋の姿となるのである。

それ以前の本社の建物は、木造一部2階建てという真に質素な建物だった。

新社屋1期工事
新社屋1期工事

昭和43年4月に、それまで「社員顔合会」といっていたものを「入社式」と改め正式に発足している。また、完成工事高における第1次4ヵ年計画を設定したのもこの年だった。

社是、社訓、経営方針、社員心得の策定

昭和44年4月1日の社是、社訓、経営方針及び社員心得が当時の組織図とともに残っている。

社是は

「宮脇産業株式会社は建設業を主として営業するを以て、業務遂行には克く発注者の意を対して誠意請負工事の完遂に努めるなり。依って会社従業員は夫々その職務の本質をよく理解して業務の完全なる施工に努め 社内一致協力社業の進展に邁進し以て社運の隆盛を期す」

である。

社訓は

  • 綿密の計画
  • 目標の達成
  • 事故の絶滅
  • 施工の完璧
  • 適正の利潤

経営方針は

「建設業は契約に基き発注者の要求する建造物を構築することが業務であるを以って、発注者の満足する建造物を所定の期間に構築して引渡す事を第一の要務とするなり。然して我が社に於いては次の点に特に注意すること」

として

  1. 設計仕様の内容を完全に把握し特に発注者の意志を体得する事
  2. 実施見積は遺漏なき様にして適正な利潤を生ぜしむこと
  3. 完全な工程を作成し絶対に工期内特に早期完成を期すること
  4. 労務及び重機器具資材需給には綿密な計画をたて、配置供給を遺憾なく処置すること
  5. 各業務とも事故を絶対に起さぬ様、常に注意すること

を上げている。

社員心得は

  1. 社員は会社経営の最も重要なる要素であるを以て社長以下各社員相互信頼と連絡を密にして夫々の職務及び立場に置いてその責務を果たし会社全員が一体となって業務遂行に努め社運の進展に努めること
  2. 健康に留意し常に健全なる身体を以て努めるよう心掛くること、特に事故による傷害を起さぬこと
  3. 家庭円満にして親子夫婦間の紛争を起こさぬこと
  4. 常に研修を怠らず其の職務遂行の向上を期すること
  5. 社員及び其の家族共々其の交遊を密にして社内一体化を図ること
  6. 公私の別を明らかにしみだりに私情を挟むことなく社業を第一に努むること
  7. 宮脇産業の社員であることに自信と誇りを持つこと

である。特に社員心得については、会社と社員の関わり方について具体的に表現されている。

昭和45年からこれらは、年度基本方針と共にすべて一冊のファイルにまとめられ「社員必携」という形で各社員に配られた。

安全中央委員会発足

昭和43年に、安全中央委員会を発足させている。

建設業は重機のような大重量・高馬力の作業機を使用することから、ひとたび事故が生ずると想像を超えるものになることが多い。現場での事故は一瞬にして、従業員及びその家族を不幸のどん底に陥れるばかりでなく、会社経営そのものにも計り知れない影響をもたらす。従前から社訓等に書き込み、事故の絶滅を図っていたが、ここに来て一層その徹底を図るために、社長を先頭にした安全中央委員会を発足させた。また、それと平行して無災害作業所褒章制度も発足している。

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